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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)8364号 判決 1984年7月19日

原告

田中やよ江

ほか三名

被告

蓮沼利雄

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告田中やよ江に対し金二〇五万五九八五円、原告田中慎一郎、原告鎌田満智子、原告花野井康子に対し各金四〇万一九九五円、及び右各金員に対する昭和五七年二月二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各連帯負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告田中やよ江に対し金四七五万五〇八二円、原告田中慎一郎、原告鎌田満智子、原告花野井康子に対し各金一五八万五〇二六円、及び右各金員に対する昭和五七年二月二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年二月一日午前一〇時四〇分ころ

(二) 場所 松戸市日暮八四〇―五三先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(習志野五六り六三四六)

右運転者 被告蓮沼道明(以下「被告道明」という。)

(四) 事故態様 訴外亡田中彌三雄(以下「亡彌三雄」という。)が右道路を横断中、加害車両に衝突され、腹部打撲の傷害を負い、その結果昭和五七年二月二七日死亡した(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

被告道明は、加害車両を運転し、本件事故現場道路を制限速度(毎時四〇キロメートル)を超過する速度で、かつ前方注視を怠つたまま進行したことにより、本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条の規定に基づき、また被告蓮沼利夫(以下「被告利夫」という。)は、加害車両を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき、いずれも本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 葬儀費用 金一二〇万円

亡彌三雄の妻原告田中やよ江(以下「原告やよ江」という。)は、亡彌三雄の葬儀費用として金一二〇万円を負担のうえ支出した。

(二) 逸失利益 金六五三万三六三一円

亡彌三雄は、事故当時七六歳の男子で、事故がなければ少なくとも今後四年間稼働が可能で、その間男子七六歳に対応する昭和五六年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の平均賃金である年額金二五一万一一〇〇円の所得を得られた筈であり、これを基礎に、生活費として三〇パーセントを、またライプニッツ式計算法により年五分の割合の中間利息を、それぞれ控除して、その事故時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、金六五三万三六三一円(一円未満切り捨て)となる。

計算式 2,511,100×(1-0.3)×3.717=6,533,631

(三) 慰藉料 金一五〇〇万円

亡彌三雄の本件事故による精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、金一五〇〇万円が相当である。

(四) 相続

原告やよ江は亡彌三雄の妻であり、その余の原告らはいずれも亡彌三雄の子であつて他に同人の相続人は存しない。よつて、原告らは、右(二)及び(三)の損害賠償請求権(合計金二一五三万三六三一円)を法定相続分(原告やよ江は二分の一、その余の原告らは各六分の一)の割合で相続取得した。そうすると、原告やよ江の損害額は葬儀費用を含め金一一九六万六八一五円(一円未満切り捨て、以下同じ。)、その余の原告らの損害額は各金三五八万八九三八円となる。

(五) 弁護士費用

原告らは、被告らが任意の支払に応じないため、やむなく原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任した。本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告やよ江は金四三万二二八〇円、その余の原告らは各金一四万四〇九三円が相当である。

(六) 損害のてん補

原告らは、加害車両の加入するいわゆる自賠責保険から、損害のてん補(死亡分)として、原告やよ江が金六四四万四〇一五円、その余の原告らが各金二一四万八〇〇五円(いずれも後記合計額を原告らの法定相続分で割つた金額)の合計金一二八八万八〇三〇円の支払を受けた。

(七) 右(四)及び(五)の合計額から(六)の金額を控除すると、残額は、原告やよ江は金五九五万五〇八〇円、その余の原告らは各金一五八万五〇二六円となる。

4  よつて、原告らは被告らに対し、連帯して、原告やよ江において前記3(七)の損害額の内金金四七五万五〇八二円、その余の原告らは同損害額である各金一五八万五〇二六円、及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五七年二月二日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実中、(一)ないし(四)の事実は不知、(五)は争い、(六)の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

被告道明は、加害車両を運転して、本件道路を時速約四五キロメートルで進行中、前方約四〇メートル先を原告やよ江と亡彌三雄が手をつなぎ(なお、亡彌三雄はほとんど目が見えなかつたが、事故当時白色の杖を携帯していなかつた。)道路を横断し始めていたのを認めたので、減速して右横断者の動静を注視しながら進行したところ、横断者らは中央線付近で一旦立ち止まつたため、自車の通過を待つて横断するものと思いそのまま進行した。ところが、亡彌三雄らは左右の安全を確認しないまま突然加害車両の直前で横断を開始したため、被告道明は衝突を避けるためハンドルを切るとともに急制動をかけたが間に合わず事故発生に至つたものであり、亡彌三雄らに前記不注意があるから、これを過失相殺として斟酌すべきである。

2  損害のてん補

前記請求原因3(六)の自賠責保険からの支払(死亡分)のほか、亡彌三雄は、治療費として、自賠責保険から金一一七万一九七〇円及び被告らから金一五万〇〇六〇円の、付添看護費として被告らから金二三万五九三三円の各支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。亡彌三雄及び原告やよ江はいずれも高齢者であり、このような場合、加害車両の運転者である被告道明としては、十分減速のうえその動静を注意深く注視して進行すべき義務があるのに、これを怠り漫然と制限速度を超過した速度のまま進行したものであり、過失相殺をすべきではない。

2  抗弁2の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の態様及び過失相殺の抗弁について判断する。

成立に争いがない甲第一、第三号証、乙第一号証の二、七、八、一〇、一一、八〇及び八二によれば、

1  本件事故現場道路は、市街地(道路の周辺は空地と畑地である。)にあつて、松戸市松飛台方面から同市常盤平方面に通じるアスファルト舗装の平担な直線道路で、幅員約一〇メートル、片側一車線(車道幅員各約四メートルで車道外側に幅員約一メートルの路側帯がある。)で、道路両側にはそれぞれ幅員約二メートルの歩道が設置されている。見とおしは左右前後とも良好で、最高時速は毎時四〇キロメートルに規制されている。

2  被告道明は、加害車両を運転して、松戸市松飛台方面から同市常盤平方面に向け制限速度を超える時速約四五キロメートルで進行中、約四〇・八メートル先の進路右前方対向車線上に一見して高齢者とわかる亡彌三雄と原告やよ江が手をつないで自車線に向け横断歩行中であるのを認めたが、約二五・四メートル手前に至つて同人らが対向車線内の道路中央線付近で歩行速度を緩めたかのように見えたため、加害車両を先に通過させるため停止するものと即断して(後記のとおり、原告やよ江が右手を上げて横断の合図をしていたが、被告道明はこれを見落していた。)、以後は全く同人らの動静を注視することなく、そのままの速度で同人らの前方を通過しようと進行を続けたところ、右両名がそのまま横断を続け自車の前方に進出したのを約一一・四メートル先に初めて発見し、あわてて左転把するとともに急ブレーキをかけたが間に合わず、自車右前部を両名に衝突させたこと

3  亡彌三雄は、明治四一年四月五日生れ(事故当時七六歳)の男子で、老人性白内障に罹患していて視力をほとんど失つた状態にあり、単独で道路を横断することはできなかつたため、妻の原告やよ江(大正八年七月一〇日生、六二歳)が付添つてその手をつなぎ、横断中は右手を上げて横断の合図をしつつ、本件道路を加害車両の進行方向からみて右から左に向け緩漫な速度で横断歩行中、中央線を約一・五メートル過ぎた地点で前記のとおり加害車両に衝突された(なお、原告やよ江は事故当時の記憶を喪失している。)こと

以上の事実が認められる、前記乙第一号証の一〇及び八二中には、亡彌三雄らが一旦中央線の手前で停止して加害車両を先に通過させる素振りを見せた、また被告道明が事故直前に亡彌三雄らを認めて自車の速度を減速したと供述する部分があるが、叙上認定に供した各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、亡彌三雄、ひつきよう同人の付添いである原告やよ江にも、加害車両が通過するのを待つて横断を開始すべき慎重さを要するところ、右手を上げて横断の合図をしていることに気を許し、これを怠つた落度がないともいえないが、前記の被告道明の過失態様に対比すると、過失相殺をしなければならない程の落度ともいえないので、被告らの過失相殺の主張は採用しない。

三  損害

1  葬儀費用 金八〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告やよ江は亡彌三雄の葬儀費用として金一二〇万円を負担のうえ支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右金額のうち金八〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある葬儀費用と認める。

2  逸失利益

原告らは、亡彌三雄は事故当時少なくとも男子七六歳に対応する昭和五六年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の平均賃金である年額金二五一万一一〇〇円の所得を得られた筈であるが本件事故によりこれを喪失したと主張するので検討する。

前記乙第一号証の七によれば、亡彌三雄は、事故当時七六歳であるが、郵政省を定年退職後、一年間ほど日本信託銀行に勤務し、更にその後九年間松戸市で民生委員を勤めたが老人性白内障が悪化し失明に近い状態(第一級身体障害)となつたため職から離れ妻やよ江及び長女康子(当時二四歳)と同居し、年金収入月額約二二万円を得て、これにより生計を維持していたことが認められる、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右のとおり、亡彌三雄は事故当時無職で年金収入により生活していたこと、同人の年齢、身体障害の程度等の事情に照らすと、他に同人の就労可能性について特段の証拠のない本件においては、同人の労働能力喪失による逸失利益を認めることはできないものというべきである(ところで、亡彌三雄は前記のとおり年金収入で生活を維持していたところ、本件事故で同人が死亡したことにより年金受給権を喪失したことによる逸失利益が発生したものと推認されるが、本件においてはその主張も具体的喪失額を確定するに足りる証拠もない。右事情は慰藉料額の算定にあたり斟酌することとする。)。

3  慰藉料 金一五〇〇万円

亡彌三雄は本件事故により死亡したもので、その精神的苦痛は多大なものと認められるところ、事故の態様、同人の年齢、生活状況その他前記諸般の事情に鑑みると、その苦痛を慰藉するための慰藉料としては金一五〇〇万円が相当と認める。

4  相続

成立に争いのない甲第三ないし第八号証によれば原告ら主張の相続関係事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、原告らは、右3の亡彌三雄の損害賠償請求権を法定相続分(原告やよ江は二分の一、その余の原告らは各六分の一)の割合で相続取得したものであり、これによれば原告やよ江の損害額は葬儀費用の分も含め金八三〇万円、その余の原告らの損害額は各金二五〇万円となる。

5  損害のてん補

原告らがその主張するとおりの額の損害のてん補を受けたことは当事者間に争いがないから、4の各金額から各原告のてん補額を控除すると、残額は、原告やよ江が金一八五万五九八五円、その余の原告らが各金三五万一九九五円となる。

なお、被告らは右のほか自賠責保険及び被告らから支払われた治療費、付添看護費の合計金一五五万七九六三円も損害額から控除すべきであると主張するが、右治療費等は本件においては請求外であるところ、前記のとおり過失相殺をするのは相当でないから、右既払額についても過失相殺をすべきであるとの趣旨に出た右主張は採用できない。

6  弁護士費用

本件事案の内容・難易、審理の経過、認容額等の諸事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用としては、原告やよ江につき金二〇万円、その余の原告らにつき各金五万円が相当である。

7  前記5と6の金額を合計すると、原告やよ江の損害額は金二〇五万五九八五円、その余の原告らの損害額は各金四〇万一九九五円となる。

四  以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、連帯して、原告やよ江は金二〇五万五九八五円、その余の原告らは各金四〇万一九九五円、及び右各金員に対する本件事故発生日の翌日である昭和五七年二月二日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

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